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 マ  イ  ク  ロ  カ  ー  ネ  ル
 release : 5.19/2002 update : 5.19/2002


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#01 プレイ

【play】 "a procedure or strategy for gaining an end"



□今回「プレイ」の項を立てるにあたって、ここで僕はまず最初に「プレイボール!」という言葉について考えてみたい。もちろん、野球のゲーム開始を宣言するために、右手に(左手の場合もある)ボールを掲げた主審によって叫ばれる、あれのことだ。考えてみれば、この奇妙な言葉に似た言いかたをわれわれは他に知らないのかもしれず、その意味でわれわれは「プレイボール!」にもっと驚いてもいい。

□ウェブサイトの検索や図書館の文献では残念ながら「プレイボール!」について満足に解説する資料を見つけることができなかったため、やむを得ず以下は僕の憶測を含むものだが、「プレイボール!」から示唆される、これまで見過ごされてきた端的な事実とはつまり、われわれは「野球を」プレイしてるもんだと思っていたら、どうやら「ボールを」プレイしているらしい、ということなんではないだろうか。なにしろゲームの開始にあたって主審が「ボールをプレイせよ」と高らかに宣言しているわけだから、いかにベースボールプレイヤーたち(もちろん、彼らもいまや「ボールプレイヤー」であることが明らかになったわけだが)が違和感を感じたところでどうしようもないだろう。われわれは「ボールを」プレイしているのだ。

□そしてひるがえって考えてみれば、思いがけないことには、たしかに野球というゲームのプレイを規定するルールのほぼ全ては「ボール」に対してのものなのである。たとえばバッターが打ち返した打球はグラウンドに着地した位置によってフェア、ファウルが決定されるが、このルールはボールの着地位置によってバッターがフェアやファウルになるのではなく、あくまで「ボールが」フェアなのかファウルなのかを決定するものだ。またご存じの通り野球には「デッドボール」というルールがあり、これなどはその事態の推移を目の当たりにすると「バッターが死ぬ」というルールを連想してしまいがちなのだが、そうではなくこれは、「ボールが"死ぬ"」というルールに他ならない(その証拠に、打者はボールが当たったくらいでは死なない)。野球のルールは、一般に考えられているように「野球」を規定しているのではなく、「野球におけるボール」を規定している。

□しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、問題はわれわれが「ボールを」プレイしていることではない。そうではなくて、まぎれもなく「ボールを」プレイしているのにもかかわらず、プレイヤーは「野球を」プレイしていると考えてしまいがちだ、ということにある、んではないだろうか。特に、別に野球のことを考えるつもりじゃなかった、どっちかっていうとコンピュータゲームのことを考えるつもりだったわれわれにとっては、この点が重要であると考えるべきだろう。

□コントローラなんていうチャチなものを操作させることによって、プレイヤーにそれ以外、それ以上のことを「プレイ」させようという発想が、コンピュータゲームにはある。野球においてプレイヤーが、ほんとうは「ボールを」プレイしているに過ぎないように、コンピュータゲームにおいてもプレイヤーは、「プレイヤーがプレイしていると考えているもの」をプレイしているとはかぎらないのだ。プレイヤーにおける「プレイ」という様相は、本来的に誤解から出発しているものだと言えるのかもしれない。









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