彼女は無言でうなずくと、ジェニックに静かにきいた。
「なぜ…父だと教えて下さらなかったの?」
「…俺の身体には盗聴器と発信器がしかけられている。……政府は俺を完全に… 信用していたわけじゃ…ないんだ……まあ…奴の攻撃で壊れたけどね……」
彼女の顔が少し歪む。
「あいつを…恨むなよ。俺は作られた時から……長生きできないように… テロメア長を調節されている…細胞分裂から考えて……俺の寿命はあと僅かだった…」
彼女は黙ったままだった。
「エージェントも被害者…いつか……あいつにも、分かる時が…くる。そして…おまえにも……」
虚ろな目で空中を見つめながら、ジェニックは言った。
「最後に…おまえの、本当の名を…教えて…くれ…」
耳もとで囁く声を聞きながら、ジェニックは笑った。
「いい…名前だ」
ジェニックはもう動かなかった。さっきまで人間だったヒトが物に変わる。彼女にとって、それは今まで何度も見てきたことである。さっきまで感じられていた気配が、全部消えてしまう。もうどこを探しても、それは見つかることはない。
彼女はジェニックを抱き上げると、倒れているユーシスのそばに立った。軽く頭を振ると、初めてその顔の右半分がうかがえた。左の瞳が蒼色だというのに、その右の瞳は鈍い銀色に輝いていた。やけに非現実的だが、心をひきつける光景であった。
「今回は私の負け・・・。でもいつか、私は貴方に勝ってみせますわ。その時まで、私達のことは忘れていて下さい。」
そう言い残すと彼女は暗闇の中へと消えていった。
それから一ヶ月の後、パセオ政府は正式に「賞金稼ぎ制度」の導入を決定した。第二層のそれとは違い賞金首は全て反逆者であるため、この後、「賞金稼ぎ」は「カウンターハンター」と呼ばれることになる。カウンターハンター登録を行った者は、「マザー側市民権」を得ることができ、第一層への自由な出入りが許された。このカウンターハンターとして、後の世に名を馳せることになる若い女性がいた。その名は「アーミア・アミルスキー」。スライサーを巧みに操る、長い金髪の美女である。そして、その胸にはいつも美しい女性の首飾りが輝き、その髪からは、レモンバーム別名メリッサの花の匂いがしたという。
完