「…見事な木ですねえ。」
「ほんとー、大っきいねー。繁ちゃん。」
ここは高川市の郊外にある、空き地である。現在この空き地はビルの建設予定地になってお り、昼日中であるにも関わらず、人はいない。
繁ちゃんと呼ばれた男は切れ長の目にかけた黒ぶち眼鏡の位置を直した。オーソドックスな 学生服の詰襟と袖には白線が一本入っており、いまどきの学生にしては珍しく、何もいじってい ないらしい普通の形である。その隣の女の子は、これまたオーソドックスな白線一本のセーラー 服にスカーフなし。スカートはいまどきの女の子にしては、長い方に入るだろうか。ちょっと浅黒 い肌に、ショートカットの髪がよく似合っている。
「だからー、そんなこと言ってる場合じゃないってばあ。」
繁ちゃんの隣の男があきれたように呟いた。白線一本の学生服は、すそが短く改造してある。 いわゆる単ランという奴だ。ズボンも多少太めに改造してあり、後ろのベルト通しがバッテンに なっている。服装検査なんていうモノがあったら、おそらくひっかかる制服だろう。
高川市には、四つの高校がある。東工業高校・西島高校・南白鳥女子高校・北山男子高校、 白線一本の制服は、西島高校のものだ。自由な校風の割に成績優秀、先生も生徒も個性的な 人間が多い。
繁ちゃんと呼ばれている男は「加賀繁良(かがしげふみ)」西島高校2年生、生徒会役員を務 める男の子である。そしてその隣の女の子は、「神崎香子(かんざきかこ)」西島高校1年生、 「鉄パイプの香子」と異名を取る天下の不良娘である。そして最後の男の子は、「山崎健(やま ざきけん)」西島高校2年生、実は交通事故で長期入院し、1年留年しているという子である。
「きゃあー」
「うわああああ」
長い地の文を遮るかのように、木の枝が地面に突き刺さった。
「はいはーい、抱きつかない」
おびえた振りをして抱きついてきた香子に、繁良は落ち着いて告げる。「ちっ!」と舌打ちし ながら離れる香子を見ながら、
「だからあー!そんな場合じゃないんだってばあああ!!」
と健は泣きそうな顔で叫ぶのであった。…全くそんな場合ではないのである。