淵からくるもの

 まだ頭の奥が痺れていた。

 私は無理やり自分を落ち着けようと、通路の壁に体をあずけ、気道を確保するかのように顔を天井に向けた。我慢の限界が来たかのか、膝が崩れ落ちていく。私は、壁に体をあずけたまま、その場に座り込んだ。

 圧迫感のある通路は、有機物とも無機物とも言い難い。冷たい無機物が何かの有機物に侵食されたかのようにドクドクと脈打っている。私は、冷やりと硬い部分にもたれかかっていた。その背中の冷たさが、更に不安をかきたて、落ち着きを失わせる。

 私はふと、上の階層に戻ってみたい衝動に駆られた。が、実際に戻っても更に気分が滅入るだけだろう……。おそらく、彼女が生きているはずはないのだから……。

 今回の依頼は、総督府直々のものであった。遺跡最深部を震源とする地震、その時計測されたエネルギーの波形がセントラルドーム爆発のそれと酷似していたというのである。その地震の原因を調べて欲しいというのが、私への依頼であった。また、その地震の際に遺跡を調査していた軍の調査隊が行方不明になっているとかで、軍からもハンターズが派遣されているとのことであった。

 実際、私よりも強いハンターズなどいくらでもいるのであり、もっと良い条件・良い情報をもらった本命のハンターズが総督府から派遣されているであろうことは明白である。しかし、私は拒否しようとも思わなかった。ニューマンの血がそうさせたのかもしれない。

 ニューマンは、遺伝子工学によりヒューマンの能力を増幅させた種族である。「ヒューマンの暮らしを楽にするために、危険な仕事を代わりにやらせる」のを目的として作られたらしい。同様の目的でロボット工学によって作られたのがキャスト(アンドロイド)である。

 現在では、ニューマンやキャストの社会的地位も認められつつあり、随分差別はなくなってきた。しかし、キャストと違ってその歴史の短いニューマンの社会的地位はまだまだ低い。それは、寿命の短さも起因しているのかもしれない。

 実験体の名残か、ヒューマンよりも能力的に勝るニューマンを恐れてか、ニューマンの成長速度は、ヒューマンよりも速く設定されている。当然寿命も短い。私は、ヒューマンの年齢で言えば、まだ十代後半である。しかし、外見は二十代後半といったところか。父や母も小さい頃にすぐ死んだのであろう。顔すら覚えていない。

 孤児となったニューマンのほとんどは、軍や総督府といった組織に引き取られ、その下で危険な労働を課せられている。ハンターズとして自由に暮らしているニューマンは幸せであると言えるだろう。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI