二重螺旋2

「もう、こんな時間?」

 男は自分のデスクに備え付けられた時計の時刻を確認すると、立ち上がり近くの窓の前に立った。 部屋唯一の大きな窓は遮光モードになっており、外の様子は全く分からない。男は、その窓ガラスに軽く 手を触れた。黒く光を遮っていた窓は一気に透明に変わり、朝の光が室内に差し込んだ。徹夜明けの目には眩しすぎる朝の光に、男は一瞬目を細めた。

 ここは、アルゴル太陽系第三惑星モタビアの首都「パセオ」。パセオはモタビアで最初にマザーシステム受け入れを決定し、マザーシステムによるモデル都市として建設された巨大積層都市である。このパセオは、政府の主要機関の建物や高級住宅が立ち並ぶ第一層と、各地区の有力者が勝手に自治体を形成する繁華街第二層と、廃棄処分場、そして港の四つの層から成り立っている。しかし近年、第一層の外縁部のスラム化が進み、そこをアジトにする「カウンター」と呼ばれる犯罪者が増えてきた。そのため、政府は一年ほど前から、「賞金稼ぎ制度(カウンターハンター)」を導入し、カウンターに対抗している。

 男がいるのは、パセオの第一層にあるモタビア大学の遺伝子研究施設である。バイオシステムの テクノロジーはここから生み出され、2年程前まではバイオシステムとリンクして研究が進められていた。バイオシステムでは、モタビアの気候にあった植物や、農薬のかわりとなる昆虫や動物を遺伝子操作に よって作り出していたのだ。この技術と、アメダスの天候をコントロールする技術によってモタビアの食糧事情は一変、住みやすい環境になったと言えるだろう。しかしニ年程前、このバイオシステムに原因不明のウイルスが蔓延した。政府の発表によると、このウイルスは動物に感染し、感染したものの性質を狂暴化させたという。このため、バイオシステムで研究をしていた人間は皆感染動物に殺され、あまりの感染力の強さに解決策も見付からないまま、バイオシステムは閉鎖された。現在バイオシステムは巨大なドームで覆われ、立ち入ることすらできないという状態である。この情報も一部の研究者に発表されたもので、一般の人々には何の説明もなされていない。

 男のいる遺伝子研究施設はモタビア大学の中でも比較的大きな建物で、淡いブルーの生体外壁に 彩られている。生体外壁は、シアノバクテリアの光合成に関係する遺伝子を利用した、光合成を行う 外壁材である。一定期間で光合成能力はなくなってしまうため、定期的に張り替えを行わなくてはならないが、定期的に張り替えを行われている生体外壁は、色も鮮やかで光合成能力も高い。男は、 その遺伝子研究施設の四階にある研究生控え室にいた。ここは、実験室とは別に、学生や研究者が デスクワークを行うための部屋である。各自のデスクにはマザー端末が備え付けられており、モタビア中の情報をすぐに引き出すことができる。男は、マザー端末から最近発表された論文を呼び出して一晩中 読みふけっていたのだ。

 彼は朝の光が差し込む窓から離れると再び自分のデスクに腰をかけた。今日は特別奨学金関係の手続きにセントラルタワーに行かなくてはならなかったのだ。役所関係が動き出す時間にはまだ間がある。 もう少し論文を読んで、家に帰るついでに寄っていくことにしよう…男は頭の中でそう考えると、 再び論文の世界に没頭していった。目の前に提供される情報に何か違和感を感じながら…そう、 何かがおかしい…。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI