二重螺旋

 その男は、雑然と立ち並ぶビルの一角に消えていった。

 ここは、アルゴル太陽系第三惑星モタビアの首都「パセオ」。パセオはモタビアで最初に マザーシステム受け入れを決定し、マザーシステムによるモデル都市として建設された 巨大積層都市である。本来なら、「ニューパセオ」という名前になるべきなのだが、 政府の意向により、パセオとなった。そのため「旧パセオ」は、「アリマーヤ」と名を変え 現在もパセオの東に存在している。

 パセオは全部で四層から成り立っている。その全ての層に通ずる基本的な構造は、 下層に日光を送るために、所々透明なクリスタルでできていることと、中央に巨大な エスカレーターが設置されていて、上下層への行き来に使われていることである。 第一層は政府の主要機関の建物が立ち並び、その周りはさながら高級住宅街といった風情である。 各住宅にはマザーの小型端末が設置され、マザーによる区画整理が行き届いた美しい町並みが 広がっている。しかし最近、その外縁部のスラム化が進んでおり、そこから流れてくる 「罪を犯す異能者」=「犯逆者(カウンター)」への対応に政府は頭を傷めている。 第二層は当然のことながら、僅かしか日が射さない。その不足分を補うため、最外に集光板を 設置し光を集め、その光を天井に取り付けられたクリスタルから照射している。とはいえ、 住む環境としては第一層と比べると格段に落ちるため、パセオ建設当時から、比較的安い値で 土地が売られていた。そのため、モタビア中から人が殺到し、政府が対応できぬ間に雑然とした街が 出来上がってしまった。現在も政府による管理が行き届かず、各地区の有力者がそれぞれ勝手に自治体を 形成し治めている。「マザーシステム」を受け入れている地区があったり、受け入れていない地区が あったりと様々であるが、第二層の各自治体は、治安の悪化を防ぐために協力し、 「賞金稼ぎ制度(ハンター制度)」を施行している。この制度は、指名手配中の犯罪者を捕らえた 者に賞金が与えられるというもので、ほとんどの場合が生死を問われない。現在では、 この賞金によって生活を営むプロの「賞金稼ぎ(ハンター)」が多数存在し、なかでも、 常人の能力をはるかに超えた「異能者」による犯罪を専門に扱う、 「反逆者専門賞金稼ぎ(カウンターハンター)」の名声は高い。ちなみに第一層への武器の持ち込みは、 「マザー側市民権」を持つ者にのみ許可されており、第二層への武器の持ち込みに制限はない。 また、第三層は廃棄処分場で、人間はいないことになっており、第四層は、巨大人造湖上にあるため、 港として使用されている。

 男は、その第二層の中でも周辺部に位置する低いビルに足を踏み入れた。ビルは非常に地味で素っ気ない つくりをしており、もう用をなさなくなった青色の生体外壁がはげかかっていた。生体外壁は、 シアノバクテリアのような光合成細菌を利用した外壁材で、値段が安く好きな色が選べる上、強度は比較的 高い。もちろん、光合成を行うこともできるのだが、何十年か経つと光合成能力がおちるため、 張り替えをする必要がある。

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更新日:2003年9月8日
管理人:CHI